詩集 青の歴史より
昭和四十年十二月十日 新詩潮社発行
その一
十三歳の眼は風となり
十七歳の手は雨となる
雪どけを待ちかねたように 一斉に
五月の空に向かって伸びあがった手
むろざきの 白いかぼそい手
土によごれた まだ青くさい手
既にまろびをおびた たくましい手
白い雲と白い雲のすきまから
それを遠く眺めている眼
みどりの枝とみどりの枝のあいだから
それをちらちらのぞいている眼
ビルディングとビルディングの谷間から
それをじいっと見つめている眼
十三歳の眼は風となり
十七歳の手は雨となる
その手はどんなすきまへでも
どんなおとしあなへでも
ぐんぐんもぐりこもうとする
それでいて 日の光を浴びると
一斉に指を開いて たんぽぽのように
風の来るのを待っているのだ
まだ子供の匂ひのする少年が
街角で人びとの靴をみがいている
彼が太陽を見るのは
彼がみがいたつやつや光る靴にそれが反射するときだけだ
その小さな姿に 真赤な夕陽があたると
少年のシルエットは 巨人のように
灰色のビルの壁の上に 大きく高く伸びてゆく
ポコン ポコン と低音を響かせて
銀色のロケットとなった十七歳の手は
野も山も 海も川も あらゆるものをぬらしながら
スモッグによごれた虹の橋を渡って
ビルディングの窓を打ち破り
路上いっぱいにガラス玉のダイヤをまき散らした
十七歳の感性は プロピレン・オキサイドのように鋭敏なのだ
その二
十七歳の手はガラス玉のダイヤとなり
十三歳の眼はワッペン勲章やシール金貨となる
ガラス玉の破片は少年の手脚を傷つけ
ゼラチンのようにすき透る手をひろげて
一つの色のなかにみんなをつつみこんでしまう
それはバリテリヤのように若くてみづみづしく
しかも細菌の寝床のようにぬれている
現代の子供は三つ四つで 既に
街に氾濫する広告の甘さ辛さを知っている
彼らはコマーシャル・ソングを唄ひながら
グラフに書きこまれたり 分析されたりしている
だから十三歳のワッペン勲章やシール金貨は
昔の子供のメンコやベイゴマではないのだ
銀色のロケットとなった十七歳の手は
大陸弾道弾の打ちあげられないうちに
デパートの商品売り場に飛んで行く
裏地(スェード)を使ったワンピースの短い裾から
膝っ小僧がのぞいて
セクシーなストッキングがキラキラ光る
うぶ着から宇宙時代(スペースエイジ)まで
あらゆる服地が 彼女をパリのシルエットにしたり
ローマのマリオネットにしてしまう
コティのロリガンも悪くはないが
十七歳の花の香りが人間をミツコにしてしまうのだ
ああ 自動炊飯器から吹きこぼれた十七歳の感傷が
人工頭脳テレビとロックラジオのあいだをぬけて
電気掃除機の鰐口の前で慄えている
もの言はぬ新家族 電化製品にとりかこまれて
昔の少女は既にその生気を失っているのだ
十三歳のワッペン勲章は
アトムの胸に輝き
十三歳のシール金貨は
メディアの国際通貨となったが
風は雨のように肉体を見せない
そして今は 吹き寄せられた紙屑の中で
眼を閉ぢているのだ
その三
十三歳の眼は独白を好み
十七歳の手は対話に耽ける
十七歳の肉体が奏でる電子頭脳は
十二音階のバイブレーションを作り
その脚が そのヒップが
ムービー・スクリーンの上にあふれ
ブラウン管の中でクローズアップされる時
十七歳のタレントはアンネの日記をつけながら
黒い眼鏡をかけて街に出てゆく
十三歳の眼は 風が作った
大きなとんがった白い眼鏡だけしか知らない
それがズームレンズになったり
電子アイになったりしながら
十七歳の黒い眼鏡を追っかけてゆく
十七歳の右の手は 表通りに
十七歳の左の手は 裏通りに向いている
どちらに行くにも三分とはかからない
焼跡から拾ってきたトタン板と
炭になりかかた古板で作られた
トイレに似たプライベートルーム
それがこの世のゆきづまりであろうとなかろうと
とにかくこれも生きている人間のすみ家なのだ
だが 人々がそれを人間の住居と知覚せぬ以上
それ自体がゴーストであり この世の幻影に過ぎぬのだ
右の手の十七歳の触覚は
時に漫画や忍者ものを忍ばせるが
もはやここには悲劇も喜劇も叙事詩もないのだ
ただあるのは 昼でも夜でもしぼり出されるゴシップと
十七歳をメディアとしたあの写真だけだ
株式市場に渦巻く妄執と転落のクラッシュ・ショット
大量消費に塗りつぶされてゆく流通経済の輪転
動的に クレッシェンドに高まってゆく群衆の叫喚
人、人、人、…
男、男、男、…
女、女、女、…
同じ顔、同じ手、同じ足…それが いつでも
轟然たる出発音と 轢轢(れきれき)たる進行音のなかに消されてゆく
十七歳の手は それを知覚していた
その四
十三歳の眼はメディアとなり
十七歳の手はメディアムとなる
だが もぎたての十七歳の林檎は
綿毛のように軽くて 雪虫のようにもろいのだ
成功させた歌こえは 二、三ヶ月で滅び
買った名声は一、二年で腐ってゆく
十七歳の手が 新聞を配っている
ツウ・ピー、ツウ・ピー、ツウ・ピー
十七歳の耳が ラジオを切った ナッツ、ツウ・ピー
十七歳の眼が テレビの尼寺で雨だれの音を数えている
やるか、やらぬか、乗るか、そるか
ー黒い僧院、白い天国…
プラス、ゼロ。マイナス、ゼロ。
ー三秒前、二秒前…、零(ゼロ)!
ロケットとなった十七歳の手は
時間と空間を縮めて 宇宙軌道に虹を描く
青い海 ピンクの大地
地球はウオーター・メロンのように青く美しく輝いている
その赤道の上部に 西から東に輝く一筋の道
シルク・ロードは 古代ギリシャの聖火をかかげて
世紀の祭典を人類の希望とするのだ
聖なる手よ 十七歳の雨よ
お前はどうして インクに染った指を洗うとはしないのだ
泥によごれた手よ 十七歳の雨よ
お前はどうして 大地の母となろうとはしないのだ
若く美しい手よ 十七歳の雨よ
お前はどうして 海に流れて日本列島を清めようとはしないのだ
白い雲と白い雲のすきまから
ぢいっとそれを眺めている眼
十三歳の眼は 白い風となって
野を山を そしてビルの谷間を吹きぬけてゆく
風は行き先だけしか知っちゃいない
そして十三歳の眼は
十七歳の手が
ふるさとの 大地と海に
帰って来てくれることを
じいっと待っているのだ
付記
この作品は、昭和三十九年八月十一日 中部日本放送のCBCゴールデン劇場のために書き下ろしたたもので、朗読は久米明、佐藤慶次郎による電子音楽によるミュージック、コンクレートならびに編曲は佐藤慶次郎、実況録音によるドキュメント的音響合成は山本諭、演出は張田淳二の諸氏であった。その後、九月二十七日に東京の文化放送でも再放送された。
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