鷹の泉より

イェーツ詩劇集より
「鷹の泉」
昭和三年八月二十日 厚生閣書店発行
装幀 外山卯三郎
題字 野口米次郎
(布をひろける時とたたむ時の歌)
我に來れ  人間(ひとびと)の顏(おも)よ
親しき記憶
我は  憎惡(にくしみ)の眼を
をののかず  潤ひもなき眼を
荒れたる野邊に見出しぬ

痴呆  ひとり  我が胸に育み
我  我が分配(わけまへ)にそれを選ぶ
ただ一口の空氣なれば
我  満足(たら)ひて死なん
我は甘き空氣の一口に過ぎず。
お、悲しき影よ、
爭闘の無明よ、
我は娯(たの)しき生を選ぶ
怠惰なる牧場のうちに、
智は苦き生を營む。

(再びうたひながら彼等は布をたたむ)

空虛(うつろ)なる泉は叫ぶよ
「我が稱賛(めづ)るは
鈴(べる)にかけし手もて
彼(か)の家の樂しき戸口に
乳牛(ミルシユカウ)をよぶ、
かゝる日の總てに生る人をのみ。
泉の乾ける石を賞(ほむ)るは
愚かなるもののみ」と

赤裸々(あらは)なる木は叫ぶよ
「我が稱賛(めづ)るは
娶(めと)り  古き爐邊に止まり
彼(か)の床上(ゆかのへ)の子等と犬の外
何物も願はざる人のみ。
老木をほむるは
愚かなるもののみ」と

南江治郎(二郎)のことのは

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